ゼヒ【赤瀬川原平の芸術原論展】を観るなっしー!at千葉市美術館12/23まで なしな〜

a0157278_21395466.jpg

昨日【赤瀬川原平の芸術原論展】を観てきました。
10月26日にお亡くなりになった赤瀬川さん。
私の芸術観において最も影響を受けた人物であり、憧れの方でありました。
初めて赤瀬川さんのことを知ったのは、新潮文庫の『カメラがほしい』だったような。そのとき初めて出会った不思議とクセになる軽妙な比喩表現にハマり、赤瀬川さんの文章を読み漁りました。宮武外骨、マッチ箱収集、ライカ同盟、トマソンや路上観察、、、赤瀬川さんの過去の活動を紐解けば解くほど、細かい糸がほどけるようにイロんな道が見えてきて、ワクワクしてしまうような学生時代の私でした。赤瀬川さんが若かりし20代の初めのころ、ネオダダやハイレッドセンターで表現活動していたのを後に知り、自分が生まれる前の時代にどれだけ憧れを持ったことか。。かなうなら私も宇宙の缶詰や、帝国ホテルでシェルター計画に参加して、BOX作って欲しかった。
漫画の摸写とかも、よくしました。しかし、悲しいくらい、丸ペンがケント紙にひっかかり、まっすぐにキレイな線が書けず、イライラしてやめてしまいました。。今回の展示で漫画原稿もみましたけど、ため息しかもうでませんわ〜。烏口とか、デザイン系美大生は必ず使う道具ですが、あまりに美しすぎる細いラインに涙がでそう。。
涙が出そうと言えば会場内には、現代詩手帖の表紙題字が赤瀬川さん×トビラ絵林静一さん てのが展示されてて、超美麗でございました。70年代の雑誌をあんなにキレイに保管するのもスゴイ。欲しい。手に入らなくとも読みたい。居間に飾りたい!
そういえば赤瀬川さんの大きな展示は1995年に名古屋市美術館で行われた以来だそうで。実は私、そのとき名古屋まで行きました。21歳の埼玉県女子でした。若かったなー(はるか遠い目…)。
そのころはまだ赤瀬川さんもニラハウスとか建てる前だったんだと思うのですが。とにかく、20代のころ見た 梱包作品 や ヴァギナのシーツ は衝撃でした。あー、これがリアルタイムでみられたらよかったと思いましたけど。しかし本でしかみたことのなかった作品を実際目の当たりにして、赤瀬川さんの面白(いろいろあったでしょうけど私にはそう思える)活動人生をなぞることができるだけで嬉しかったのでした。
そんときの図録は多分押入のダンボール
にある(ハズ!見つけ出したいけど押入れの前が消しはんの箱で埋めつくされてて到達できん)
今回も図録手に入れました。熟読します、これから。
そして可能ならまた会期内に再度見に行きたい。まず1日では足りません。しかし娘を保育に出してから往復4時間かかる運転をこなすことがこの忙しい師走にできるのであろうか。しかし町田市の12月21日までの「尾辻克彦×赤瀬川原平-文学と美術の多面体-」にもゼッタイに駆け込まないといけない私でした。
[PR]
by fumiwo-tcd | 2014-12-10 21:39 | 日々の暮らし | Comments(0)